『源氏物語千年紀 Genji』出﨑統監督インタビュー デジタル技術で描いた“古典”と“常識”

『源氏物語千年紀 Genji』出﨑統監督インタビュー デジタル技術で描いた“古典”と“常識”

■デジタルが変えたもの・変わらないもの

――最初の着物の柄もそうですが、いわゆる現代物では描けないようなシチュエーションが描けるというところに興味を引かれたのでしょうか?

そうですね。着物は本当に、大変だったんだから。CGでの表現がやっぱり難しくて、結局、貼りこみとか別の、撮影の方式の中でのやり方考えようという話になって、それでやっと具体的になった。

――柄は撮影処理で入れてらしたんですよね。

そうです。まず撮影素材として作り上げるために、影を多少つけたものを用意して、そこに角度を考えながら柄を入れていく部署があって、そこで一所懸命柄を入れてから、素材を撮影に回して、撮影が影を入れたり光を入れたりしながら撮っていく……という、処理が二重構造になっていました。

Genjiより

――最近では、デジタルで柄を貼ることも少なくはないですが、『Genji』では人の動きに合わせて、ちゃんと着物の柄の角度が変わるところがすごいですよね

岩窟王
岩窟王(がんくつおう)
2004年GONZO制作。デュマの傑作小説『モンテ・クリスト伯』を前田真宏監督が大胆に翻案したSFアニメ。キャラクターに撮影でテクスチャ―を貼りこむ技法に先鞭をつけた意欲作。2008年にはNHK-BSで再オンエアされたほか全24話に未放送映像を収めたDVD-BOX も発売された。
⇒『岩窟王』公式サイト

うまいでしょ。フジテレビのプロデューサーが、最初の頃に「出﨑さん、『巌窟王』って知ってますか? あの洋服の柄はシャレてるでしょう?」って言い出して、ちょっと怒ったんだよね(笑)。「あれは人間に付いて動いてねえだろう。俺がやるんだったらちゃんと動かしてやる!」と。それでそういう風になったわけです。あんなもんで喜ぶなら、手法自体は昔からの手法だからね。

――『巌窟王』で導入されたテクスチャー表現から、さらにもう一歩進んだものを見せていただけたという感覚はありました。

だから俺もすごくうれしかった。やっぱり人が貼りこんでいかなきゃいけないわけで、機械的にやれないから現場は大変だったと思う。最低でも一工程増えていたわけだから。でも、やった価値はあるよね。絵だけ面白くてもしょうがなくて、あくまで話を見せる手段の一つではあるけれど。

――出﨑監督は長いキャリアをお持ちですが、アニメ制作の現場がデジタル化されたことで、現場とのやりとりなど変わった部分などはありますか?

バーッと観ていったときに、引っかかったところ――画面の密度の差とか、映像の流れがちょっと違う方向行ってると感じたとき――に、注文を出して、そこから求めるものに近づけるためのやり方を一緒に考えていく形ですね。面白いですよ。V編でもう一回撮影するような感じ。

V編(ぶいへん)
ビデオ編集。撮影された映像を集めて編集し、最終的に放送局に納める長さにする作業工程。アナログ時代は撮影済みの映像に変更を加えることは難しかったが、デジタルデータでの編集ではこの工程からでも映像を加工することが可能になっている。

今回は撮影もがんばってくれたんだけど、それでも俺がいじるもんだから、しまいには「いじる前に教えてください」「そんな暇あるか、馬鹿野郎」なんてやりとりにまでなった(笑)。それはもう、実写の現場で、監督が「照明もっとこっち、あっち」っていじるでしょ? 多分やりますよね。そうやって画をちゃんと浮かび上がらせていかなきゃいけないから。俺はそれをやってるつもりなの。それは、自分の演出意図をもう一度はっきりさせるっていう意味で大変面白い。余計な仕事は増えたけどね。

前は、作画の打ち合わせに撮影のスタッフも全部来て、そこで飲みこんで、求めるものが上がってきたんだよ。今は言っても分かんなくて、上がってきたものにさらに自分が手を加えないと、自分の言ってるものにならない。『Genji』の場合はそれでもマシでしたけど、寂しいよね。すごい時間もかかるし。可能性はすごい増えたんだけど、その前にやってもらえた方が、こっちとしてはうれしいわけじゃん。

出﨑統監督

――いっしょに作っているという、共同作業の感じがありますね。

そこら辺がどんどんどんどん寂しくなっていくよね。監督一人いりゃいいの? そうじゃねえだろう、と。撮影は撮影、作画は作画で「監督にこんなこと言われちゃったし、監督にこんな風にやれって言われてるけど、俺はこの方が面白いと思う」って言ってくるのを、俺は待ってるわけよ。で、そういうのと自分がぶつかったときに、やっぱり作ってる実感がするじゃない。「こいつ、イイなあ」と思ったりね。それがなくなってるんだ。

どんどんどんどん枯れてって、細くなって、もうなんの答えも返ってこないみたいなところで、監督が一人でV編を憮然としてやっている……ってのはさ、さびしい話だよ。俺が「あ!」と言ったら、「ああ、そうですよね」って分かってくれる人がいないと、一晩で何百カットも見なきゃいけなかったりして、さらにレンダリングの時間もかかるっていうのに、作業が進まないよね。

――スタッフ同士で響きあうものがあれば、そこはもっと短くできる、と。

マルチ
アナログでの撮影の際、カメラの前にセルや背景を載せる台を複数重ねること。マルチが組める撮影台は数メートルの高さにもなる上、透明度の問題からセルを重ねる枚数も限られていたがデジタルでは理論上無限に重ねることができる。

そうそう。撮影台で撮影をしていたときには、マルチを組みながら「この段さ、こういう風に斜めから光入れられないの? 下に何か反射するものを置いてさ」みたいなメチャクチャな注文をして、実際にやってたんだから。タイミングの調整も大変でさ。デジタルになってからは、タイミングも伸ばせるし、いろいろ自由でいいけど、なんの決まりもなくなっちゃってる。アニメーターが面白い動きをやろうとか、「こうやって見せてやろう!」みたいな努力をしなくなる。それは問題ですね。

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